研究紹介
週2日の在宅勤務は成果を落とさない:1,612人のランダム化比較試験が測ったもの
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目次
GMO インターネットグループが2026年7月13日付で在宅勤務の推奨を全廃しました。熊谷正寿会長兼社長が翌14日に X で公表した際の根拠は、社内データで時間あたりの PC タイピング数が減っていたこと、そして「トータルでは在宅はマイナス」という判断です。7月21日には本人が表現の行き過ぎを謝罪し、真意は AI 時代のオフィスの価値の再定義にあると説明しています。
この議論には、すでにかなり強い実験結果があります。Nicholas Bloom(スタンフォード大)、Ruobing Han(香港中文大深圳)、James Liang(北京大・Trip.com)が 2024年6月に Nature に載せた「Hybrid working from home improves retention without damaging performance」(Nature 630, 920–925)です。1,612人を無作為に2群に分け、片方だけが週2日在宅で働ける状態を6か月続けました。結果は、離職が3分の1減り、人事評価・昇進・コード行数はその後2年追っても変わらなかった、というものです。
強いのは規模より設計のほうです。以下では設計を先に見て、それから数字を読みます。この実験が答えていないことにも同じだけ紙幅を割きます。そこがいちばん誤読されるからです。
誕生日でグループを分けた
舞台は上海に本社を置く旅行大手 Trip.com です。従業員はおよそ 35,000人、実験当時の時価総額は約 200億ドル。2021年の夏、米国のテック企業でハイブリッド勤務が広まったのを見て、自社でも導入すべきかを決めるために社内実験を組みました。導入を渋っていたのは管理職で、部下が在宅日にサボるのではないかという懸念が最大の障害だった、と論文は書いています。
対象は航空券部門と IT 部門の 1,612人です。全員が大卒で、3割は修士か博士。平均年齢は30代半ば、勤続 6.4年、65% が男性、48% が子どもを持っています。半数はウェブサイトやバックエンドを書くエンジニアで、残りは航空会社との交渉、マーケティング、財務や法務を担当しています。内訳は管理職 395人と非管理職 1,217人でした。
割り当てには誕生日を使いました。1日・3日・5日と奇数日生まれが処置群、偶数日生まれが対照群です。処置群には水曜と金曜に在宅で働く選択肢が与えられ、対照群はそれまでどおり週5日出社します。在宅は義務ではありません。選べる状態を作っただけです。
この誕生日という基準が実験の背骨です。リモートワークの研究がずっと苦しんできたのは、在宅を選ぶ人と選ばない人がそもそも別の集団だという問題でした。在宅勤務者の成績が悪くても、それが在宅のせいなのか、もともと成績の伸び悩んでいる人が在宅を選びやすいのかが分けられない。誕生日は本人の希望とも能力とも無関係なので、この経路を断ち切れます。
実際、Trip.com はこの罠を実験の途中で踏みかけています。当初は志願制でした。全社メールと2回のリマインドを送って手を挙げたのは 518人だけです。しかも志願率は非管理職 35% に対し管理職 22% と大きく開きました。経営陣はこの低さを、志願すること自体が「上昇志向がない」という合図として読まれるのを恐れた結果ではないかと疑い、9月6日に残る 1,094人を全員実験に組み入れました。この読みは当たっていて、非志願者に強制的に権利を与えたところ、実際の在宅利用率は 40% に達しています(志願者は 55%)。権利があっても、手を挙げる形にすると使われない。
在宅を選べる群は、離職が3分の1少なかった
6か月間の離職率は、対照群 7.2% に対し処置群 4.8%。差は 2.4ポイント、率にして33%の減少です(P = 0.043)。仕事満足度も 10点満点で対照群 7.84 に対し処置群 8.19 でした(P < 0.001)。
この効果は誰にでも同じように効いたわけではありません。非管理職は対照群 8.6% に対し処置群 5.3% で、40%の減少です(P = 0.026)。女性は 9.2% に対し 4.2% で54%減(P = 0.017)。男性は 6.15% に対し 5.15% の微減にとどまり、有意ではありませんでした。往復90分を超える通勤者は 6.0% に対し 2.9% で52%減(P = 0.062)。往復2時間超に絞ると差はさらに開きます。
管理職だけは違いました。対照群 2.96% に対し処置群 3.13% で、わずかに増えています(有意差なし、P = 0.922)。在宅の選択肢を与えられて辞めにくくなるどころか、何も起きていない。管理職は志願率も低く、在宅日の利用率も低く、そして後で見るように在宅の効果を事前に最も低く見積もっていました。リモートに冷たいのは経営や管理職で、現場は歓迎する、という報道されがちな構図が、同じ会社の同じ実験のなかで数字として出ています。
離職率の低下が「対照群が実験から外されて腹を立てた」結果ではないことも確認されています。同じ2部門の実験前6か月の離職率は 9.8% で、実験期間中の対照群 7.2% より高い。他の2部門の同時期も 10.5% と 9.8% でした。もし何か働いていたとすれば、対照群の離職を下げる方向です(全社展開されるだろうと予想した人がいたのだろう、と論文は書いています)。
「差がなかった」ではなく「差は評価0.5段階より小さい」
成果側の結果は、書き方に注意して読む価値があります。
Trip.com の人事評価は半年ごとで、給与と昇進に直結します。上司・同僚・部下、場合によっては顧客からの評価を集め、本人が確認し、人事が取りまとめ、上司と面談する。この一連に数週間かかります。実験ではこの評価を4期分、つまり実験開始から2年分追いました(2021年下期・2022年上期・2022年下期・2023年上期)。処置群と対照群で差は出ていません。D を1、A を5とした数値換算で、4期の差はそれぞれ +0.056、+0.034、−0.019、+0.046 です。
ここで著者らは、統計的有意差が出なかったと書いて終わりにしませんでした。差がないことを積極的に示すための等価性検定(TOST)をかけています。差がないという主張は、本来「差を検出できなかった」だけかもしれません。サンプルが足りなければ、大きな差があっても有意にならない。等価性検定はこれを逆向きに扱い、「差はこの幅より小さい」を仮説として棄却しにいきます。
著者らが設定した幅は評価0.5段階分、つまり隣り合う評価の半分です。4期すべてでこの検定が通りました(いずれも P < 0.001)。だから結論は「差が見つからなかった」ではありません。差があるとしても、評価にして0.5段階より小さい。一段強い主張です。
昇進はやや弱い結論になります。差は見つかっていませんが、等価性検定の幅を2ポイントに置いたとき、4期のうち2期は棄却できたものの、2021年下期(P = 0.203)と2023年上期(P = 0.163)は棄却できませんでした。だから論文の書き方も「差があるという証拠はない」で止まっています。人事評価とは結論の強さが違うので、ここは分けて読むべきところです。
コード行数は 653人のエンジニアについて、1日ごとの提出行数を取っています。等価性検定の幅は1日29行で、これは対照群平均の10%にあたります。この検定も通りました(P = 0.003)。コード行数が成果の良い指標でないことは著者らも認めていますが、Trip.com が社内で追っている指標のひとつではあります。
評価の内訳も見ています。Trip.com の人事評価には項目別の点数があり、それを中国語の形態素解析で9カテゴリに整理しました。コミュニケーション、開発、効率、実行、革新、リーダーシップ、学習、プロジェクト、リスクです。革新やリーダーシップのような、対面が効きそうな項目でも差は出ていません。
在宅日に減った2時間は、出社日と週末に戻ってきた
働き方の形は変わりました。処置群は在宅日にオフィスにいる時間が減り、その分を丸ごと在宅の労働時間に振り替えてはいません。NBER のワーキングペーパー版(w30292)にある VPN 接続時間の分析では、水曜と金曜の労働時間は合計で 1.9時間ほど短くなり、代わりに他の平日と週末の労働時間がわずかに増えています。病欠と有給の取得も減りました。
従業員が挙げた理由は、歯医者に行く、子どもを迎えに行く、宅配を受け取る、金曜に早めに帰省する、といったものです。夕方や週末に取り返す。米国の調査でリモートの利点の2位に挙がるのが「時間の融通」であることと一致します(1位は通勤の消滅)。
利用率の内訳も現実的です。週2日の権利を与えられて、実際に在宅にしたのは平均で週1日程度、しかも多くが金曜でした。Trip.com では大きな会議や製品リリースが週の半ばに集まるので、金曜のほうが抜けやすいという事情があります。連休前の金曜は利用率が跳ね上がりました。帰省のためです。
管理職の予想は −2.6% から +1.0% に変わった
実験の前後に、全員へ同じ質問をしています。「ハイブリッド勤務はあなたの生産性にどう影響すると思いますか」。プラス・変わらない・マイナスの3択で答えたあと、程度を5%刻みの選択肢で答える形式です。
実験前の平均は −0.1% でした。ただし標準偏差は 11% で、ばらつきが極端に大きい。この論争を追ってきた人には意外でもないでしょう。実験後、この平均は +1.5% に上がりました(P < 0.001)。動いたのは主に、事前に強くマイナスと答えていた層です。
管理職と非管理職の差が大きな話です。実験前、管理職の予想は平均 −2.6%、非管理職は +0.7% で、この差は明確でした(P < 0.001)。実験後、管理職の予想は +1.0% に転じ、非管理職の +1.6% との差は消えています(P = 0.345)。
処置群と対照群で意識の変化に差がなかったことも報告されています。自分が在宅を経験しなくても、同僚が経験しているのを近くで見れば見方は変わる。実験終了後の2022年3月に他の4部門 3,461人へ同じ質問をしたところ、平均 +2.8% でした。
実験が終わると、Trip.com の経営会議はデータを見てハイブリッド勤務の全社即時展開を決めています。判断の根拠は成果ではなく離職でした。1人の離職に採用と研修で約2万ドルかかるので、離職が3分の1減れば全社で数百万ドル規模になる、という計算です。2022年2月14日に発表され、中国のメディアで大きく報じられました。
タイピング数にいちばん近い指標でも差は出なかった
GMO が根拠に挙げた時間あたりのタイピング数と、この論文が測った指標を並べてみます。
論文が使ったのは、半年ごとの人事評価、昇進、評価の項目別点数、そしてコード行数です。このうちコード行数は、性質としてはタイピング数にかなり近い代理指標です。キーボードを叩いた量が成果に比例するという前提を、いちばん素直に置いた指標だからです。それでも差は出ませんでした。等価性検定まで通っていて、差があるとしても対照群平均の10%より小さいところに収まっています。
GMO の社内データを私は見ていないので、その計測が間違っていたとは言えません。言えるのは方法論の話だけです。実験には対照群がありました。同じ時期・同じ部門・同じ景気の下で、在宅の選択肢だけが違う集団が並んでいる。対照群のない観測では、在宅期間中に指標が下がったとして、それが在宅のせいなのか、事業環境や人員構成や仕事の中身の変化のせいなのかを分けられません。私が Agent Skills の指示がどこから効くのかを測ったときも、同じペイロードを置き場所だけ変えて並べました。変える条件を1つに絞れないと、出た数字が何のせいなのかは言えません。報道でも、GMO が計測した期間・対象職種・他の生産性指標との関係は明らかにされていないと指摘されています。
もうひとつ、タイピング数という指標そのものの弱さがあります。この実験の従業員の半分はエンジニアですが、残りは航空会社との交渉やマーケティングの担当者です。エンジニアにとって設計を考えている時間はタイピング数ゼロで、交渉担当者にとっては打ち合わせの時間がそうなります。人事評価が優れているのは、賃金と昇進が直結しているぶん、上司も本人も真剣に作るからです。多くの会社には、タイピング数より先に見るべき成果指標がすでにあります。
この実験が答えていないこと
著者ら自身が限界として挙げているものを、そのまま書きます。
フルリモートの実験ではありません。 これが最大の注意点です。測ったのは週3日出社・週2日在宅で、しかも実際の利用は週1日程度でした。論文は「週2日か4日出社のような、出社日数が近いハイブリッドには広げられると考える」と書く一方で、「週1日以下の出社のような、よりリモート寄りの設定に結果が当てはまるかは分からない」と明記しています。訓練・イノベーション・文化に対する懸念は、その領域では残ったままだ、と。
中国の1社です。 上海のテック企業で、対象は大卒のホワイトカラーです。著者らは、Trip.com が世界に取引先と投資家を持つ多国籍企業であること、オフィスの造りが欧米やアジアの都市と変わらないこと、1日の労働時間 8.6時間が米国の大卒層の8時間に近いことを挙げて外的妥当性を主張していますが、これは主張であって検証ではありません。
利益相反があります。 共著者の James Liang は Trip.com の共同創業者・元 CEO で、実験当時の会長であり株式も保有しています。開示されている対策は次のとおりです。研究資金は Smith Richardson Foundation が出しており、Trip.com は1ドルも出していない。データは匿名化され、スタンフォード側は個人を特定できない形でのみ受け取った。実験は米国経済学会に事前登録されている(2021年8月16日、実験開始後・データ受領前)。結果と論文は事前に誰にも検閲されていない。データとコードは Harvard Dataverse で公開されています。判断材料としては十分に開示されているほうだと私は考えますが、開示は利益相反をなくすものではありません。
実験期間が 2021年8月から 2022年1月であることも頭に置いておくべきでしょう。コロナ下ではありますが、当時の上海は感染者数が極めて少なく、論文にはマスクなしで働くオフィスの写真が載っています。ロックダウンは 2020年前半と 2022年で、実験期間はその谷間にあたります。
フルリモートのほうは、別の答えが出ている
「リモートか出社か」の二択で語ると、この論文はリモート推進側の証拠に見えます。しかし論文自体は、フルリモートの因果研究の多くが生産性にマイナスを見つけてきたと前置きしたうえで、そこを埋めるために書かれています。
Natalia Emanuel と Emma Harrington は Fortune 500 企業のコールセンターを分析し(American Economic Journal: Applied Economics, 2024年10月号)、コロナ前からのリモート勤務者は時間あたりの応答数が 12% 少なかったと報告しました。興味深いのはその内訳です。オフィスが閉鎖されて全員がリモートになると、元オフィス勤務者の生産性が 4% 下がって差が縮まりました。つまり 12ポイントのうち 4ポイントがリモート化そのものの効果で、残る 8ポイントは「もともと生産性の低い人がリモートを選んでいた」というセレクションだったことになります。
David Atkin、Antoinette Schoar、Sumit Shinde はインドのデータ入力業務で、労働者を無作為に自宅かオフィスに割り当てました(NBER WP 31515)。無作為に自宅に割り当てられた人の生産性は 18% 低い。効果の3分の2は初日から現れ、残りはオフィス勤務者のほうが速く習熟することから生まれています。
対象の仕事が違います。コールセンターとデータ入力は、測りやすい代わりにチーム作業でも創造的作業でもありません。だから Trip.com の実験に価値がありました。逆に言えば、フルリモートについて積み上がってきた証拠のほうは、この論文で覆されてはいません。
証拠の並びを素直に読むと、争点は「リモートか出社か」ではなく「週に何日か」です。週2日の在宅には成果への代償が見当たらず、週5日の在宅には代償があると読めます。
日本の議論に持ち帰れるもの
上海のテック企業1社の6か月を、そのまま日本の会社に重ねるわけにはいきません。それでも持ち帰る価値があると私が考えるのは3点です。
第一に、成果を測るなら成果指標を使うほうがいい。この実験は、人事評価・昇進・コード行数という既存の指標で差を否定しました。多くの日本企業には半期ごとの人事評価がすでにあります。稼働ログの新規計測を組む前に、手元の評価データを在宅日数で切ってみるほうが早く、比較もしやすい。
第二に、離職の側を計算に入れる。Trip.com の経営会議を動かしたのは離職の数字でした。論文には、大卒従業員の離職コストは年収の約50%にあたるという推計も引かれています。採用が厳しい市場では、在宅の是非は生産性だけでは決まりません。効いたのが非管理職・女性・長時間通勤者だったことも、日本の採用課題とかなり重なります。
第三に、権利は全員に配らないと使われない。志願制のときの利用率は伸びず、女性の志願率はとくに低いままでした。ところが効果は女性で最も大きい。手を挙げること自体が野心のなさの合図として読まれるのを恐れる、というのが論文の解釈です。制度を作ったのに使われないという話は日本でもよく聞きます。制度の中身より、既定値をどちらに置くかの問題かもしれません。
そして管理職の予想が実験の前後で −2.6% から +1.0% に動いたことは、それ自体がひとつの結論です。この論争では、実際に試す前の見立てが最も割れます。GMO は6年半のあいだに全社在宅から全廃まで一周しました。1社の判断としては筋が通っていても、他社が真似する根拠にはなりません。自社で測ったほうが安く、確実です。
参考文献
- Bloom, N., Han, R., & Liang, J. (2024). Hybrid working from home improves retention without damaging performance. Nature, 630, 920–925.(オープンアクセス。データとコードは Harvard Dataverse で公開)
- Bloom, N., Han, R., & Liang, J. (2022, rev. 2023). How Hybrid Working From Home Works Out. NBER Working Paper No. 30292.(労働時間や社内コミュニケーションの分析は掲載版より詳しい)
- Emanuel, N., & Harrington, E. (2024). Working Remotely? Selection, Treatment, and the Market for Remote Work. American Economic Journal: Applied Economics, 16(4), 528–559.
- Atkin, D., Schoar, A., & Shinde, S. (2023). Working from Home, Worker Sorting and Development. NBER Working Paper No. 31515.